自由を手に入れる為

この時代に生まれた意味

小さな世界で育った私の世界観

群馬県の田舎町で育った私。
5人家族で、三男坊の私。

幼少期は、おばあちゃんと一緒に、
近くの踏切に行くのが好きだった。

カンカンカンカン。。

私「おばあちゃんー電車来るよ~~!!!」
おばあちゃん「はい、はい(ニコニコ)」

幼少期の私の世界はとても小さく、幸せな世界だった。
毎日電車を見るたびに興奮していたことを思い出す。

私が電車が好きだった。
大きくて、かっこいい!

子供ながら、かっこいい!という思いだけで、
将来は車掌さんになって、電車を動かすんだ~!と
親に言っていたようだ。

クリスマスのプレゼントは、
新幹線のおもちゃ。

私は毎日そのおもちゃで、電車ごっこをしていた。
ブーン、ブーン!!

知識も少ない私の世界の中で、
電車と言う世界はとても新鮮だった。

 

小学校にあがり、
学校が終わってから、近所の子供立ちを連れて、
学校帰りにある、森に冒険するのが大好きだった。

親からお小遣いをもらって、
近所の駄菓子屋さん”ヨシナガ”でお菓子を買う。

お小遣いは100円。
小学校の私にとって見たら大金だった。

絶対に落とさない様に、
ポケットに入れず、100円を手に入れ、
握りしめながら、お菓子を買いに行っていたのを覚えている。

一度、
手に100円をしっかり握りしめていたのにもかかわらず、
大好きなお菓子に目が奪われ、
両手でお菓子を取り出して100円がなくなってしまったことがある。

その時は本当にショックだった。
私「あぁぁーーーー!お金がないー!!!!!」

私は泣き出してしまった。。
お金が無ければ買えない。。。
なんて取り返しのつかないことをしてしまったんだ。。。

落ち込んでいた時、
ヨシナガのおばちゃんが。
おばちゃん「きっと店のどこかにあるよ、大丈夫だよ。」
と言って、ただでお菓子を貰ったことがある。

この時の気持ちは今でも覚えている。
ホント、おばちゃんが天使に見えたわ。

大好きだった冒険

ヨシナガで100円分のお菓子でいつも買うものは決まっている。
「質より量」

10円のうまい棒×5本
20円のジュース
30円のチョコ

と言う感じで、お決まりのコースだった。

私「これから冒険に出かけるんだから、食料がないと生き残れないぞ!」
近所の子供たち「おぉー!!」

こうして、100円の食料を買って、
毎日近くの森に出かけた。

小学生の世界観では、
せいぜい歩いていける範囲が自分の世界。

この森は、その中でもウエイトを占めていた。
この森にはモンスターが出る。
ここに伝説のお宝が眠っている。

マンガやゲームで学んだ知識をリアルの世界に持ち込み、
近所の子供たちとロールプレイングゲームをした。

大きな木の枝にぶら下がったりして
私「ここで落ちたら地獄に落ちるぞー気をつけろー!!」

毎日ストーリーを変えて、
日が暮れるまで森で遊んでいた。

私はこの頃から”旅”が好きだった。
日が暮れるのを忘れるほど、この冒険に出るのが好きだった。

何より、一人旅ではなく、近所の子供たちを連れて、
私は”勇者”を演じて、みんなを助け合いながら、
森を開拓していくのが好きだった。

自転車で行動範囲が広がり、どこまでも行く

小学三年生になると、
自転車を乗る事ができるようになる。

しかし、田舎なので、
ヘルメットは義務付け(かっこ悪い)

私はとても嬉しかった。
今まで歩いていけるところまでの範囲が、
自転車に乗る事によって、世界が大きく広がったのだ。

それから、
今まで学校でしか会えない、
遠くに住んでいる友達の家まで通えるようになった。

自転車に乗って、
歩いて30分かかるところが、
自転車だったら15分もかからないで行ける。

初めて通る道はワクワクの連続だった。
ここから先どんな世界があるのだろう。

いつもは車で何度も通ったことがある道だったけど、
初めて自分の自転車で通る道は新鮮そのもの。

私は自分で世界を開拓するのが好き。
自分の世界観を広げるのが好き。

自転車を手に入れた私は、
兄と一緒に隣町まで行った。

小学校の時は兄と仲良かった。
いつも兄と一緒に、映画を見に行ったり、
隣町まで大好きだったゲームをしにいったり。
(ストリートファイター2)

電車に初めて乗った中学校時代

私の田舎では電車に乗る機会は少ない。
自宅から最寄りの駅まで自転車で30分はかかる。
しかも、無人駅。。

中学校になり、
同級生と隣町に行くことになった。

友達「土曜日、電車で隣町へ遊びに行こうぜ~!」
私「えー、電車乗ったことないけど。。」

親とは何回か電車に乗ったことがあったけれど、
恥ずかし事に、中学生になっても
1人で電車を乗ったことがなかった。

私「電車ってどうやって乗ればいいの?」
友達「そんなんも知らないのかよー」

土曜日、
友達4人と一緒に、
最寄りの駅で待ち合わせた。
もうこの時点でワクワク。

田舎の電車って東京と違って、
本数が極端に少ない。

時間帯によっては、
1時間に1.2本。
酷い時間帯では0本だ。

だから、駅に着いてみんなと合流した時に、
友達「電車来るぞー走れー!!!」
私「えーーーーまってまってーー!」

切符の買い方もわからず、
しかも、小銭入れから肝心な時に
お金が出てこなくて、
ワンテンポ遅れた。

プシュー。。。

友達「(電車の中)早く乗れーー!!」
私「わー、間に合わないよー」

こうして、私を置いて、
電車が走っていった。。

あれだけ幼少期大好きだった電車が
音を立てて崩れていく。。
電車なんて嫌いだー・・・

一人駅のホームで待ちぼうけ。
次の電車まで30分もあるのか。。

この時代、携帯電話なんてものはないから、
友達とどこで会えばいいかわからない。

それに、友達は待っててくれるのだろうか?
いる?いない??

自問自答しながら、30分と言う長い時間を待っていた。
私「待ってないかもしれないから帰っちゃおうかなぁ。。。(ぼそ)」

でも、せっかくここまで来たし、
それに切符も買っちゃったし。。

うーん、、電車に乗って会えなかったら
帰ろう。

それから30分後、
一人電車に乗り込み、
手に切符を握りしめて(握りしめて形が変わってしまっていた)
期待と不安を胸に、進んでいった。

「次はー、多々良~多々良~」

駅がホームにつくと、
友達がホームで待ってくれていた。

友達「乗り遅れるなよー」
私「えへへへー」

待っててくれたことが本当に嬉しかった。
心のどこかで、待っててくれていないと思っていた自分を恥じた。
そんな初めての電車の旅だった。

初めての車はスカイライン

高校を卒業を、
家庭の事情もあって、
私は就職をした。

親が就職祝いとして、
車を買ってくれた。

母「群馬は車がないと何もできないからね。」

そう、
群馬県は1人当たりの車の所有台数は日本一。

車がないという事は、生活が出来ないという事だ。
残念ながら、自宅から会社までは自転車で1時間はかかる。

どうせ車を買うなら、
スポーツカーがいい!

そういって、買ってくれた車は”スカイラインR32″だ。
もちろん新車ではなく、中古。
友達のいとこが車屋さんだったので、
まけてもらった車。

スポーツカーってたくさん種類があるんだけど、
私は車を見に行った時に、スカイラインに一目ぼれした。

私「かっこいいなー・・・これにする」

即決で決めた。
後から燃費が悪く、ハイオクという事を知る。
(スポーツカーだから当然といえば当然なんだけど。。)

リッター当たり5-8KMくらい。
ターボもついていて、最高にかっこいい車だ。

ただ、
就職して1年目の私は免許取りたて。

スカイラインにはとてもかわいそうだったが、
真黒のスカイラインに若葉マークが目立つ。。。
かっこわるぃ。。

最初の頃って、
車の運転めちゃくちゃ怖かったけど、
日に日に慣れてきて、
段々スピードを出すようになる。

私「おおおぉーーーGきたー!!G!!」

Gとは遠心力で、
一人興奮していたのを思い出す。

高速も乗れるようになったので、
市道ではだせなかったターボを試みる。

私「ひゃっはー!!!車楽しぃー!!」
無駄にぶぉーーーーーん。

そんな私も、社内恋愛をしまして、
週末は彼女とドライブにいく。

私「次の休みドライブ行こうよ」
彼女「じゃー海行きたい!」
私「お、おう。群馬に海はないけどなw」

という事で、
私はドライブが好きだったから
(この時も、自分の世界が広がるから車に酔いしれた)
彼女が行きたいとこへ車を飛ばした。

初めて海へ行った時は、
何とも言い表せない感情になった。

群馬から最寄りの海は新潟。
関越自動車道を通って、新潟をめざす。

車で長距離運転はこれが初めて。
何時間くらいたっただろう。
到着するのに4時間くらいはかかっただろうか。

自分の車で海に来たのはこれが初めて、
全くの知らない土地に来て、不安に駆られた。

なんだろう。
ホームシックとでもいうのだろうか。

凄く寂しい気持ちになった気がする。
彼女「どうしたの?元気ないよ?」
私「え?そんなことないよ」

二度と戻れなくなってしまうんじゃないか。
と言う気持ちにかられた。

2人このままどこまで行ってしまうのだろう。
彼女といる楽しさより、地元の温かさを寂しんだ。
そんな初ドライブだった。

憧れの世界、オーストラリアへ留学

私は旅が好き。
子供の頃から、ずっと好きだった。

きっと、海外へ行きたいと願っていたのは、
子供の頃から夢見たのだろう。

私は25歳で、
オーストラリアへ1年間留学をした。

始めたの飛行機。
初めての海外旅行。

日本と言う国を離れて、
世界に旅立つ。

なぜ海外へ留学したか。
それは、人生一度きりだから、
やりたい事をやろうと願っていた。

海外へ行って、
何をするかなんて全く考えてなかったけど、
振り返ってみると、旅の延長上だった思う。

海外の1年の旅は
本当に色々あって、
楽しい事よりも、むしろ大変な事の方が多かった。
観光と滞在は全然違う。

詳しくはここに記事を書いてます。

翼を折られた社会人時代

留学から帰ってきてから、
一生働ける仕事につこうと就職をした。

30歳になるまで、
何社も転職を繰り返していたけれど、
自分の居場所は全くなかった。

会社に縁がなかったのかもしれないが、
時間の拘束がとてもつもない。
いわゆるブラック企業。

仕事は
始発で始まり終電で帰る。
忙しい時は会社で徹夜することもしばしば。

会社勤めって何だろうって本気で考えた。
1日のほとんどの時間は会社で終わる。
1時に自宅に帰ってきたら、
コンビニ弁当を食べながら、ネットやゲーム。

休日なんてものはなく、
週末は会社で仕事仕事。

給料は決して良くもなく悪くもなく、
いわゆる ザ・社畜。

周りの先輩も同僚も。
先輩「仕事あるだけましだよ。」
同僚「給料もらえている方だよ。」

仕事が終わって、
居酒屋にいって、
タバコと酒で愚痴を言い合う。

べろべろによって、
翌日は満員電車に揺られながら、
エンドレスの仕事に追いやられる。

私が会社員だったころはこんな環境だった。
プライベート?
そんなのあるわけがない。

自分の時間、
家族の時間、
会社の為に私たちは働かなくてはならない。

それが、
一般的な考えなのだろうか。

私の会社では、セキュリティーの関係で、
ネームプレートを首からぶら下げて、
解除キーをぶら下げている。

これが本当に嫌いだった。
会社が社畜につけている首輪にしか見えなかったからだ。

違う!
こんな人生で終わりたくない!!!
自分を妥協して生きるなんて間違っている!!!
そうして私は会社を辞めていった。
先輩「どこ行っても変わらないぞ、仕事は面白くないからな」

それから私は独立した。

私の自由への思い

幼少期から、私は旅が好きだった。
小さな世界だった私も、
今では海外に行き、世界観が広がった。

私は子供の頃から”冒険”が好きだ。
自分の力で世界を開拓して、自分のテリトリーを増やすことが
何よりも大好きだ。

私はこれからも旅がしたい。
仕事しながら旅をすると決めた。

大好きな海外。
世界中にいても、ネットがあれば仕事が出来る環境。

それを実現可能にするのはFXだ。

世界中で旅をしながら、
ネットでFXで革命を起こすのだ!!!

ABOUT ME
トミー信長(Tommy Nobunaga)
池袋に住んでる30代起業家。 物販月商1000万プレーヤーだけど、利益が上がれば税金も増え、3度の税務調査に入られ世の中の仕組を理解する。 必ず投資家になって、将来地域投資家育成Proectを遂行する。「FXで稼いで人生が変わった!」を叶えたい人のためのリアルなブログを配信中。

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